赤と白の縞に、青地の三日月と星。マレーシアの国旗は、一見するとアメリカの星条旗によく似ています。この旗のもとになったのは、29歳の建築家がわずか3日で仕上げて応募したデザインでした。
縞の数は14本、星の光も14本。ところが、この「14」のうちのひとつは、国旗ができたあとに国から抜けてしまいました。それでも数が変わらなかった理由とあわせて紹介します。
マレーシアってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | マレーシア |
| 人口 | 約3,400万人 |
| 首都 | クアラルンプール |
| 初掲揚 | 1950年5月26日 |
| 現行デザイン | 1963年9月16日 |
| 縦横比 | 1:2 |
| 通称 | 「ジャルール・ゲミラン(栄光の縞)」 |
373点の応募から、新聞の投票で選ばれた
マレーシアの前身であるマラヤ連邦は、1949年に国旗のデザインを公募しました。集まった案は373点。その中から3点が最終候補に選ばれ、新聞「マレー・メール」の読者投票にかけられました。
選ばれたのは、ジョホールバルの公共事業局に勤めていた29歳の建築家、モハメド・ハムザの案です。彼は3日間で仕上げた4つのデザインを応募しており、そのうちのひとつが国旗の原型になりました。
採用の前に、色と星が描き直された
ただし、ハムザの案がそのまま国旗になったわけではありません。1949年12月、政治家オン・ジャアファルの提案によって、いくつかの修正が加えられました。
赤と青の配置が入れ替えられ、三日月と星は白から黄色に変更されました。さらに、5つの光を持っていた星は、11の光を持つ星に描き直されています。こうして完成した旗は、1950年5月26日、スランゴール州のスルタンの宮殿の前で初めて掲げられました。
縞と星の「11」は、やがて「14」に
当初の国旗は、縞が11本、星の光も11本でした。これはマラヤ連邦を構成していた11の州を表しています。
1963年9月16日、サバ、サラワク、シンガポールが加わってマレーシアが発足すると、縞も星の光も14に増やされました。現在の国旗はこのときのデザインです。
シンガポールが抜けても、14のまま
ところが、わずか2年後の1965年、シンガポールはマレーシアから離れて独立します。州がひとつ減ったのだから、縞も13本に戻すのかな、と思いますよね。
ところが、国旗は1本も変わりませんでした。14本目の縞と14番目の光は、首都クアラルンプールなどの連邦直轄領を表すものとして、意味のほうが改められたのです。
色と図柄が表すもの
赤い縞は勇気を、白い縞は純粋さを表します。左上の青は国民の団結の象徴です。
三日月と星はイスラム教を表し、その黄色はマレーの王たちの色でもあります。また、赤・白・青の組み合わせには、イギリス連邦の一員であることを示す意味も込められています。
名前が付いたのは、誕生から47年後
現在の愛称「ジャルール・ゲミラン(栄光の縞)」は、国旗が初めて掲げられたときからあったものではありません。1997年、当時のマハティール首相が、成長と成功へ向かって進む国の姿を表す名前として選んだものです。
まとめ
マレーシアの国旗は、ひとりの若い建築家が3日で描いた案から始まり、色や星に手を加えられて完成しました。縞と星の数は、国の成り立ちに合わせて11から14へと増えています。
シンガポールが離れたあとも14のまま残された縞は、意味を変えながら、今も国のまとまりを表し続けています。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。