エストニアの国旗は、上から青・黒・白の3本の横じまです。
国旗に黒を使うのはめずらしいですよね。北の国の冬の景色のような、静かな美しさがあります。
この旗には、長く禁じられていた過去があります。ソ連の支配下では、青・黒・白を組み合わせて使うだけで罰せられたのです。
この記事では、エストニアの国旗の意味と歴史を、表と年表を使ってやさしく紹介します。
この記事でわかること
- 青・黒・白の意味
- 学生団体の旗から生まれた話
- 3色を使うだけで罰せられた時代
- 旗が塔に戻った日
エストニアの国旗とは?3行でわかるポイント
ひと言でいうと、学生の旗から、民族の旗になった三色旗です。ポイントは3つあります。
- もとは、大学の学生団体の旗
- 青は空、黒は大地、白は雪と希望
- ソ連時代は、3色の組み合わせまで禁止された
基本データ
| 正式名称 | エストニア共和国 |
| 最初の旗 | 1884年 |
| 国旗になった日 | 1918年11月21日 |
| 愛称 | シニ・ムスト・ヴァルゲ(青・黒・白) |
| 首都 | タリン |
| 人口 | 約137万人 |
青・黒・白が表すもの
| 色 | よく語られる意味 |
|---|---|
| 青 | 空と湖、海 |
| 黒 | 祖国の大地、苦難の歴史 |
| 白 | 雪、光と希望 |
ここがトリビア
「青い空、黒い森、白い雪」。冬のエストニアの風景を上から順に並べた旗、と覚えることもできます。
学生団体の旗から生まれた
19世紀、エストニアはロシア帝国の一部でした。タルトゥの大学で、エストニア語を話す学生たちの団体が青・黒・白を自分たちの色に選びます。
- 1881年 学生団体が青・黒・白を選ぶ
- 1884年 最初の旗がつくられる
- 1918年11月21日 独立後、正式な国旗に
- 1940年 ソ連が占領し、国旗が禁止される
- 1988年 三色旗の使用がふたたび認められる
- 1989年2月24日 「のっぽのヘルマン」の塔に、三色旗が戻る
- 1991年 独立を取り戻す
3色を使うだけで罰せられた時代
1940年、ソ連軍がエストニアを占領すると、国旗は禁止されました。旗だけでなく、青・黒・白の3色を組み合わせて使うことも、法律で罰せられたのです。
ここがトリビア
首都タリンの城の塔「のっぽのヘルマン」からは国旗が下ろされ、ソ連の赤い旗がかかげられました。1989年2月24日、独立宣言からちょうど71年目の記念日に、青・黒・白の旗がこの塔に戻ってきたのです。
国旗クイズで迷わない!似た国旗との見分け方
| 国 | 上から順に |
|---|---|
| エストニア | 青・黒・白 |
| ボツワナ | 水色の地に、白ふちの黒い横帯 |
| ドイツ | 黒・赤・金 |
「黒が入った三色旗で、上が青」ならエストニアです。
よくある質問
エストニアの国旗の色の意味は?
青は空と湖や海、黒は祖国の大地と苦難の歴史、白は雪と希望を表すとよく語られます。
エストニアの国旗はどうやって生まれましたか?
大学のエストニア人学生団体の旗がもとです。
ソ連時代はどうなっていましたか?
国旗は禁止され、青・黒・白の3色を組み合わせて使うことも罰せられました。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。