水色・白・水色の横三色に、中央で輝く顔のある太陽。アルゼンチンの国旗は、サッカーの代表チームのユニフォームでもおなじみの配色です。
ところがこの旗は、初めて掲げられた直後に、政府から「使うのをやめよ」と命じられていました。それでも旗が生き残った理由は、なんと「命令が本人に届かなかったから」でした。
アルゼンチンってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | アルゼンチン共和国 |
| 人口 | 約4,600万人 |
| 首都 | ブエノスアイレス |
| 初掲揚 | 1812年2月27日 |
| 国旗として採用 | 1816年7月20日 |
| 縦横比 | 5:8 |
| 国旗の日 | 6月20日 |
独立戦争のさなか、ひとりの将軍が作った旗
アルゼンチンの国旗を作ったのは、独立運動の指導者マヌエル・ベルグラーノです。スペインからの独立をめざす戦いのさなか、彼は敵であるスペイン側と味方をはっきり見分けられるよう、新しい旗を作りました。スペイン側が赤を目印にしていたため、赤を使わない配色が選ばれたのです。
水色と白の旗が初めて掲げられたのは、1812年2月27日。場所は、パラナ川のほとりの町ロサリオでした。
政府は「やめよ」と命じたが、命令は届かなかった
ところが、この旗を知った当時の政府は、すぐに使用をやめるよう命じます。政府はまだ表向き、スペイン国王の名のもとに行動するという立場を取っていたからです。独自の旗を掲げることは、その立場と食い違ってしまいます。
しかしベルグラーノは、すでに北部での戦いへと軍を進めていました。命令は彼のもとに届かず、旗はそのまま使われ続けます。
1816年7月9日に独立が宣言されると、同じ月の20日、議会はこの水色と白の旗を正式に国旗と定めました。
中央の太陽は、革命とインカの神を表す
国旗の中央にある太陽は「5月の太陽」と呼ばれ、1818年に加えられました。独立への第一歩となった1810年5月の革命にちなむ名前で、インカ帝国の太陽を表したものともされています。
太陽には人の顔が描かれ、まわりには32本の光が伸びています。よく見ると、まっすぐな光と波打つ光が、16本ずつ交互に並んでいます。
水色と白の由来には、いくつもの説がある
水色と白がなぜ選ばれたのか。実はこれ、はっきりしていないんです。最もよく知られているのは、空と雲、そして太陽を表すという説明です。
ほかにも、スペインの王家であるブルボン家の色だという説や、ブエノスアイレスの紋章に描かれた空と水の色に由来するという説があります。
太陽入りの旗は、長く政府だけのものだった
アルゼンチンでは長いあいだ、太陽の入った旗を使えるのは政府や軍などに限られ、一般の国民は太陽のない旗を使うことになっていました。
この区別がなくなったのは1985年のことです。法律が改められ、すべての国民が太陽の入った国旗を掲げられるようになりました。
中米の国旗にも受け継がれた水色と白
水色・白・水色という配色は、遠く離れた中米の国々の国旗にも見られます。アルゼンチンの旗を掲げて太平洋や中米の海を航海したイポリト・ブシャールという人物を通じて、この配色が中米に伝わったとされています。
なお、6月20日の「国旗の日」は、旗を作ったベルグラーノが1820年に亡くなった日にちなんでいます。
まとめ
アルゼンチンの国旗は、独立戦争のさなかにひとりの将軍が作り、政府の命令が届かなかったおかげで生き残った旗でした。
中央の太陽には、革命の記憶と、この土地に古くからあった文明への敬意が込められています。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。