クウェートの国旗は、緑・白・赤の横じまに、旗ざお側の黒い台形を組み合わせたデザインです。
国旗の中に「台形」がある国は、世界でクウェートだけなんです。
そしてこの国の旗の歴史には、ちょっと笑えない出来事があります。敵と同じ旗をかかげていたせいで、味方から攻撃されてしまったのです。
この記事では、クウェートの国旗の意味と歴史を、表と年表を使ってやさしく紹介します。
この記事でわかること
- 4色にこめられた詩の言葉
- 味方に撃たれて旗を変えた話
- 国旗が禁止された時代
- 似た国旗との見分け方
クウェートの国旗とは?3行でわかるポイント
ひと言でいうと、詩の言葉を色にした旗です。ポイントは3つあります。
- 4色は、14世紀の詩になぞらえて説明される
- 黒い台形は、クウェートだけの形
- 第一次世界大戦で、味方に撃たれて旗を変えた
基本データ
| 正式名称 | クウェート国 |
| 制定日 | 1961年9月7日 |
| 初めてかかげられた日 | 1961年11月24日 |
| 首都 | クウェート市 |
| 人口 | 約480万人 |
4色は詩の言葉
緑・白・赤・黒は、アラブの国々に共通する色です。クウェートでは、その意味を14世紀の詩人サフィー・アッディーン・アル=ヒッリーの詩になぞらえて説明します。
| 色 | 詩の言葉 |
|---|---|
| 白 | われらの行い |
| 黒 | われらの戦い |
| 緑 | われらの大地 |
| 赤 | われらの剣 |
行いは清く、戦いははげしく、大地はゆたかで、剣は血にそまる。短い詩の中に、4つの色がすべて詠みこまれているのです。
味方に撃たれて旗を変えた
クウェートは、オスマン帝国の影響を受けて、赤い地に白い三日月と星の旗を使っていました。1899年にイギリスの保護下に入ってからも、そのままでした。
ここがトリビア
1914年、第一次世界大戦でイギリスとオスマン帝国は敵どうしに。クウェートはイギリス側なのに、旗は敵のオスマン帝国と同じです。そのため、味方のイギリス軍にまちがえて攻撃されてしまったのです。
クウェートは急いで、赤い地にアラビア語で「クウェート」と白く書いた旗に変えました。これなら、だれが見てもまちがえません。
- 18世紀 赤い地に白い帯の旗
- 19世紀 オスマン帝国の旗を使う
- 1914年 味方に撃たれ、「クウェート」の文字入りの赤い旗に
- 1961年 イギリスから独立。今の国旗に
- 1990年 イラクに占領され、国旗が禁止される
- 1991年 解放される
国旗クイズで迷わない!似た国旗との見分け方
| 国 | 見分けるところ |
|---|---|
| クウェート | 緑・白・赤、左に黒い台形 |
| アラブ首長国連邦 | 緑・白・黒、左に赤いたての帯 |
| ヨルダン | 黒・白・緑、左に赤い三角形と白い星 |
「左が台形ならクウェート」です。
よくある質問
クウェートの国旗の色の意味は?
14世紀の詩になぞらえて、白は行い、黒は戦い、緑は大地、赤は剣を表すとされています。
クウェートの国旗はいつできましたか?
1961年9月7日に定められ、11月24日に初めてかかげられました。
なぜ旗を変えたことがあるのですか?
第一次世界大戦で、敵のオスマン帝国と同じ旗だったために味方に攻撃され、文字入りの旗に変えました。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。