赤・白・赤の縦三色。ペルーの国旗の配色には、独立運動を率いた将軍が赤と白のフラミンゴを見て思いついた、という言い伝えがあります。
ロマンチックな話ですが、実際の国旗づくりはかなりドタバタでした。独立期のペルーでは、わずか数年のあいだに国旗のデザインが何度も変わっています。その理由のひとつは、なんと「敵の旗と見分けがつかなかったから」でした。
ペルーってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | ペルー共和国 |
| 人口 | 約3,400万人 |
| 首都 | リマ |
| 制定日 | 1825年2月25日(1950年に修正) |
| 縦横比 | 2:3 |
| 国旗の日 | 6月7日 |
最初の旗は、斜めに4つに分かれていた
ペルー最初の国旗を作ったのは、南米各地の独立を導いたホセ・デ・サン・マルティン将軍です。1820年10月21日に定められた旗は、斜めの線で4つに区切られ、上下が白、左右が赤というデザインでした。
なぜ赤と白なのかは、実ははっきりしていません。作家アブラアム・バルデロマルによれば、ペルー南部の海岸に上陸した将軍が、赤と白の羽を持つフラミンゴを見て思いついたのだといいます。一方で歴史家たちは、解放軍の兵士たちの出身地であるチリの旗の赤と、アルゼンチンの旗の白を取ったのだ、とも説明しています。
作りにくい、見分けにくい — 相次いだ変更
この最初の旗には弱点がありました。斜めに区切るデザインは、当時の技術では作るのが難しかったのです。
そこで1822年3月、国旗は赤・白・赤の横三色に、金色の太陽を置いたものへ変更されます。ところが今度は、戦場で別の問題が起きました。遠くから見るとスペインの旗とそっくりで、敵と味方の区別がつかなかったのです。
これでは困ります。同じ年の5月31日、縞の向きを縦に変えた旗があらためて定められました。そして1825年2月25日、中央の太陽を国の紋章に置き換えて、現在につながるデザインが完成します。
ペルーの国旗は、実は3種類ある
ペルーでは、使う場面によって国旗が使い分けられています。一般の国民が掲げるのは、紋章のない赤・白・赤だけの旗です。
政府機関が使う旗には、中央に国の紋章が入ります。軍や警察が使う旗にも紋章が入りますが、こちらは少しデザインが異なります。紋章なしの旗が国民用と決められたのは1950年のことで、それまでは紋章入りの旗がひとつだけ使われていました。
赤と白が表すもの
現在では、赤は独立のために戦って流された血を、白は純粋さと平和を表すと説明されています。
なお、6月7日の「国旗の日」は、1880年に起きたアリカの戦いの記念日にあたります。
まとめ
ペルーの国旗は、作りにくさや見分けにくさといった現実的な問題にぶつかりながら、短い期間に何度も作り直されて今の形になりました。
フラミンゴの言い伝えが本当かどうかはわかりません。それでも、赤と白の鳥が飛ぶ海岸の風景を思い浮かべると、この配色がぐっと覚えやすくなります。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。