ジョージアの国旗|大統領が認めなかった「5つの十字」が、革命のシンボルに

Flag_of_Georgia

白地に大きな赤い十字。その四隅に、小さな赤い十字が4つ。ジョージアの国旗は「5つの十字の旗」と呼ばれています。

この旗が国旗になったのは2004年。ずいぶん新しい旗に見えますが、デザインそのものは中世にさかのぼります。そして国旗になるまでには、「議会が決めたのに大統領が認めない」という、ひと悶着がありました。

ジョージアってどんな国?国旗の基本データ

正式名称ジョージア
人口約370万人
首都トビリシ
制定日2004年1月14日
通称「5つの十字の旗」
国旗の日1月14日

14世紀の地図に描かれていた旗

ジョージアは、黒海の東にある国です。日本ではかつて「グルジア」と呼ばれていました。4世紀にキリスト教を国の宗教とした、世界でもとくに古いキリスト教国のひとつです。

5つの十字の旗は、1367年に作られた地図に登場します。イタリアの地図製作者が描いたその地図に、現在の首都トビリシの旗として、大きな十字と4つの小さな十字が描かれているのです。

2021年には、12世紀の王ダヴィド4世の時代に作られたコインが見つかり、そこにも5つの十字の図柄が刻まれていることがわかりました。

ソ連からの独立後、人々が掲げはじめた

ジョージアは20世紀のほとんどを、ソ連の一部として過ごしました。1991年に独立すると、愛国的な運動の中で、この中世の旗が掲げられるようになります。

当時の正式な国旗は別のデザインでした。1918年から1921年までの短い独立時代に使われていた、えんじ色の地の左上に黒と白の帯を置いた旗です。

議会は決めた、でも大統領は認めなかった

1990年代の終わりには、5つの十字の旗こそジョージアの歴史的な旗だ、という考えが広まっていました。国民の多くが賛成し、大きな影響力を持つジョージア正教会の総主教も支持します。

1999年、議会は国旗を変える法案を可決しました。ところが、当時のシェワルナゼ大統領はこれを承認しません。法案は宙に浮いたままになりました。

反対派の旗になり、「バラ革命」へ

国旗になりそこねた5つの十字の旗を、自分たちのシンボルにしたのが、野党を率いるミヘイル・サアカシュヴィリでした。旗は、シェワルナゼ政権への抵抗のしるしになっていきます。

2003年、選挙の不正をきっかけに大規模な抗議運動が起こります。人々がバラの花を手に議会へ入ったことから「バラ革命」と呼ばれるこの運動で、シェワルナゼ大統領は辞任しました。街を埋めたのは、白地に赤い十字の旗でした。

革命のあとの2004年1月14日、議会は5つの十字の旗を国旗に定めます。新しく大統領に選ばれたサアカシュヴィリが、これを正式に承認しました。この日は今も「国旗の日」です。

5つの十字が表すもの

5つの十字の意味には、2つの説明があります。ひとつは、十字架にかけられたキリストの5つの傷。もうひとつは、キリストと、福音書を書いた4人を表すというものです。

中央の大きな十字は、イングランドの旗と同じ「聖ゲオルギウスの十字」。聖ゲオルギウスは、ジョージアの守護聖人でもあります。

まとめ

ジョージアの国旗は、中世の王国の旗が、21世紀になって復活したものです。大統領に認められなかったことで、かえって人々の抵抗のシンボルとなり、革命とともに国旗の座につきました。

十字が5つ、と覚えておけば、クイズで迷うことはまずありません。

国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。

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