白地に赤と青の陰陽、そして四隅を囲む4つの卦。韓国の国旗「太極旗(テグッキ)」は、実は数式で寸法まで細かく規定された、世界でも珍しい国旗のひとつだ。
しかもこの国旗、誕生の舞台は日本へ向かう船の上だったという。今回は太極旗にまつわる歴史と、その緻密な設計図の秘密を掘り下げていきたい。
韓国ってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | 大韓民国 |
| 人口 | 約5,100万人 |
| 首都 | ソウル |
| 現行デザイン確定 | 1949年10月15日 |
| 縦横比 | 2:3 |
| 通称 | 「太極旗(テグッキ)」 |
「太極旗」は、日本へ向かう船の上で生まれた
太極旗の原案が生まれたのは1882年のこと。朝鮮を訪れていた清国の外交官・馬建忠が、太極の周りに8つの卦(八卦)を配置したデザインを考案したのが始まりだった。
同じ年の9月、朝鮮の外交使節だった朴泳孝が、日本へ向かう船の中でこの原案を国旗として仕立て直すことになる。
同乗していたイギリス人船長から「八卦は複雑で見分けがつきにくい」と指摘された朴泳孝は、卦の数を8つから4つに減らし、四隅に配置するデザインへと改めた。
これが、現在の太極旗の直接の原型となっている。翌1883年、この意匠が朝鮮国の正式な国旗として公布された。
統一感のなかった時代を経て、現在のデザインに
公布された後も、太極旗のデザインにはしばらく統一感がなかった。太極の陰陽の向きや四卦の配置が資料や旗によって微妙に異なる、という状態がしばらく続いていたという。
1948年8月15日、大韓民国が独立を果たす。その後1949年10月15日になって、ようやく現在のデザインが正式な国旗として法令で確定された。
世界でも珍しい「数式で定義された」国旗
太極旗の最大の特徴は、そのデザインが感覚ではなく、厳密な比率で規定されている点にある。
中央の太極(陰陽)円は、旗面の対角線が交わる中心を軸に描かれ、直径は旗の幅(縦)のちょうど2分の1と定められている。
赤(陽)と青(陰)を分けるS字カーブも、直径を二等分したうえで、それぞれ幅の4分の1の半円を組み合わせるという、細かな作図法が決まっている。
四隅の卦(乾・坎・坤・離)も同様だ。太極円との間隔は円の直径の4分の1、卦の横幅は2分の1、縦幅は3分の1、さらに卦を構成する3本の線(爻)の間隔まで、円の直径を基準にした比率で細かく規定されている。
これほど緻密な作図規定を持つ国旗は、以前当サイトで紹介したネパールの国旗と並んで、世界でも数少ない例といえる。
もっとも、これほど細かい規定が法律として明文化されたのは、実は比較的最近のことだ。2007年1月26日に公布された「大韓民国国旗法」で、国旗の製作方法や取り扱いが厳格に定められている。
白地・陰陽・四卦、それぞれに込められた意味
白地は、朝鮮民族の同質性や潔白性、そして平和を愛する精神を象徴しているとされる。
中央の太極は、赤い陽と青い陰が上下で調和する様子を表し、天地の調和という東洋思想の根本を体現している。
四隅の卦にもそれぞれ意味があり、乾は正義、坤は豊かさ、坎は知恵と活力、離は光明と情熱を表すとされる。
北朝鮮は、なぜ太極旗をやめたのか
1948年4月、北朝鮮は独自の国旗として、赤と青の帯に白い縁取り、中央に赤い星を配した「紅藍旗」を制定した。
同年7月8日、北朝鮮はそれまで使っていた太極旗からこの新しい国旗へと正式に切り替えている。
当時の北朝鮮の指導者の一人・金枓奉は、太極旗を「非科学的で迷信じみている」と批判し、新国旗の制定を強く推し進めたと伝えられている。
同じ民族でありながら、陰陽思想を象徴とみるか迷信とみるかで国旗の運命が分かれた、興味深いエピソードだ。
まとめ
日本行きの船上で急ごしらえされたデザインが、140年以上を経て、数式で寸法まで規定される精緻な国旗へと磨き上げられてきた太極旗。
次に太極旗を見かけたときは、四隅の卦ひとつひとつの意味にも目を向けてみてほしい。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみよう。