2018年、フランスの国旗の青色がひそかに変更されていたことをご存知だろうか。しかも、公式発表がなかったため3年近く誰も気づかなかったという。
さらにこの国旗、かつては3色の帯の幅がわざと不揃いに作られていた時代もある。今回は「トリコロール」の愛称で知られるフランス国旗の、意外と知られていない歴史を掘り下げていきたい。
フランスってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | フランス共和国 |
| 人口 | 約6,800万人 |
| 首都 | パリ |
| 現行の配色確定 | 1794年2月15日 |
| 縦横比 | 2:3 |
| 通称 | 「トリコロール」 |
バスティーユ陥落の3日後に生まれた、三色の帽章
物語の始まりは1789年7月、バスティーユ牢獄が民衆に襲撃されたわずか3日後のことだ。軍人で政治家のラファイエットが、国王ルイ16世に三色の帽章(コケード)を献上した。
この帽章は、パリ市民軍の色である青と赤に、ブルボン王家の象徴である白(百合の色)を加えたものだった。
「君主と民衆の崇高かつ永遠なる同盟」を象徴するものとして、この三色がフランスを代表する色として定着していくことになる。
赤・白・青から青・白・赤へ — 色の順番は一度入れ替わっていた
1790年秋、憲法制定議会はすべての軍艦・商船に縦三色旗を掲げることを決定する。ところが当時の配置は、現在とは逆で、旗竿側から赤・白・青だった。
1792年に第一共和政が成立した際の国旗も、この赤・白・青の配置を踏襲していた。
転機が訪れたのは1794年2月15日。国民公会が発布したデクレにより、配置が現在の「旗竿側から青・白・赤」へと正式に変更された。
変更の理由は、意外にも視覚的な問題だったとされる。初期の赤・白・青の配置では、風になびいたときに旗竿から遠い青が、晴天時には空に溶け込んで目立たなくなってしまうという欠点があったという。
長年、3色の帯の幅は均等ではなかった
現在の国旗は3色とも同じ幅に見えるが、長年にわたって青30:白33:赤37という、あえて不揃いにした比率が使われていた。
これは、旗が風になびいた際の遠近感や、白地の明るさによる見え方のズレを補正するための工夫だったとされる。
この不均等な比率が改められ、陸上で使う国旗については3色とも同じ幅と定められたのは、1946年10月27日に制定された憲法によってだった。
一時「姿を消した」三色旗 — 王政復古の15年間
革命の象徴だった三色旗には、歴史から姿を消していた時期もある。
ナポレオン失脚後の王政復古期、1814年から1830年にかけては、ブルボン王家を象徴する白一色の旗が公式の国旗として使われていた。
三色旗が復活したのは、1830年の七月革命がきっかけだった。以後、フランスの国旗として定着し、現在に至っている。
マクロン大統領がひそかに変えた「青」 — 3年近く誰も気づかなかった
マクロン大統領は2018年、演説の際に使用する国旗の青色を、明るい「ブライトブルー」から濃い「ネービーブルー」へと変更するよう指示した。
2020年からは、エリゼ宮などに掲げられる国旗もこのネービーブルーに切り替えられている。
変更について公式な発表がなかったため、この違いはおよそ3年近くの間、ほとんど誰にも気づかれなかった。明らかになったのは、2021年秋に出版された暴露本「エリゼ・コンフィデンシャル」がきっかけだったという。
ネービーブルーへの回帰には、フランス革命期や両世界大戦で戦った人々の国旗を想起させる、1976年以前の伝統への回帰という狙いがあったとされている。
まとめ
バスティーユ陥落からわずか3日で生まれ、色の順番も帯の幅も時代とともに姿を変えてきたフランスの国旗。
2018年の「ひそかな青の変更」まで含めると、230年以上を経た今もなお、静かに進化を続けているといえるだろう。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみよう。