メキシコの国旗の中央には、サボテンにとまった鷲が蛇をくわえる姿が描かれています。アステカの人々が首都を築く場所を決めた伝説の一場面として、メキシコでは誰もが知る図柄です。
ところが、この蛇はもともとの伝説には登場していなかった可能性が指摘されています。一方で、緑・白・赤の3色の意味も、制定当初と今とではすっかり入れ替わっています。イタリア国旗とよく似たこの旗には、見た目以上に多くの「書き換え」の歴史があります。
メキシコってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | メキシコ合衆国 |
| 人口 | 約1億3,000万人 |
| 首都 | メキシコシティ |
| 現行デザイン制定 | 1968年9月16日 |
| 縦横比 | 4:7 |
| 国旗の日 | 2月24日 |
サボテンにとまる鷲が、首都の場所を教えた
中央の国章は、アステカの都テノチティトラン(現在のメキシコシティ)の建設にまつわる伝説をもとにしています。守護神ウィツィロポチトリが「サボテンの上で蛇を食らう鷲を探し、そこに都を築け」と人々に告げたというものです。
放浪の末、人々は湖に浮かぶ島でその光景を目にし、1325年ごろに都を築いたとされます。国章の下部に水辺と岩が描かれているのは、この湖上の島を表しています。
蛇は、もともとの伝説にはいなかった?
興味深いのは、アステカ側の古い絵文書を見ると、必ずしも蛇が描かれていないという点です。代表的な「メンドーサ絵文書」に描かれているのは、サボテンにとまる鷲だけです。
蛇が加わった理由としては、ナワトル語の記述が誤って訳されたという説があります。本来は「蛇がシューッと音を立てる」という意味の言葉が、「蛇が引き裂かれる」と訳されてしまったというものです。また、鷲がつかんでいたのは蛇ではなく、戦争を表すアステカの記号「アトル・トラチノリ(燃える水)」で、これが蛇と見間違えられたという見方もあります。
ちなみに鷲の正体についても議論があります。メキシコの国鳥はイヌワシだが、1960年には鳥類学者が、古い図像の鳥はカンムリカラカラというハヤブサの仲間だと指摘しています。
緑・白・赤の意味は、途中で入れ替わった
3色が初めて使われたのは、スペインからの独立を勝ち取った1821年のこと。独立派と王党派が合流して生まれた「三つの保証軍」の旗に由来し、緑は独立、白はカトリック信仰、赤は両勢力の統合を表していました。
しかし19世紀半ば、ベニート・フアレス大統領のもとで政教分離が進むと、色の意味も宗教色のないものへと改められました。現在では一般的に、緑は希望、白は純粋さ、赤は国のために流された英雄たちの血を表すと説明されています。旗は同じなのに、意味だけがそっくり書き換えられてしまった、というわけです。
王冠をかぶったり外したり、鷲の姿も変わり続けた
中央の鷲も、政治体制が変わるたびに描き直されてきました。独立直後の帝政期(1821〜1823年)の鷲は王冠をかぶり、蛇はくわえていませんでした。1823年に共和政へ移ると王冠が外され、代わりに蛇が加えられています。
その後、1916年には正面向きだった鷲が横向きに改められました。現在の国章は画家フランシスコ・エッペンス・エルゲラによるもので、1968年9月16日に採用されました。この年はメキシコシティでオリンピックが開かれた年でもあり、それがデザイン刷新のきっかけのひとつだったとも考えられています。
イタリア国旗とは、どこが違うのか
緑・白・赤の縦三色という点で、メキシコの国旗はイタリアの国旗とそっくりです。見分けるポイントは、たったの3つです。中央に国章があること、緑と赤の色合いがイタリアより濃いこと、そして縦横比が4:7と、イタリアの2:3よりも横に長いことです。
国章のない旗では海の上で区別がつきにくいため、両国とも船舶用にはそれぞれ独自の旗を定めています。
まとめ
メキシコの国旗は、アステカの建国伝説を中央に据えながら、色の意味も鷲の姿も時代に合わせて何度も書き換えられてきた旗でした。おなじみの蛇でさえ、後から伝説に加わったものかもしれないなんて、ちょっと意外ですよね。
イタリア国旗と見間違えそうになったら、中央の鷲と、少し横長の形を思い出してみてください。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。