青と赤の横二色に、金色の王冠。アルプスの小さな公国リヒテンシュタインの国旗は、実はある国際大会での「大失態」がきっかけで今のデザインになったことをご存知でしょうか。しかもその原因は、遠く離れたカリブ海の島国と国旗がまったく同じだったという、なんとも間抜けな事情でした。今回はリヒテンシュタイン国旗にまつわる、意外と知られていない雑学を掘り下げていきます。
リヒテンシュタイン国旗の基本データ
| 正式名称 | リヒテンシュタイン公国 |
| 面積 | 約160km²(東京都渋谷区の約8倍) |
| 人口 | 約4万人 |
| 首都 | ファドゥーツ |
| 国旗制定年 | 1921年(青赤配色)、1937年(王冠追加) |
| 政体 | 立憲君主制(公国) |
1936年ベルリン五輪で発覚|まさかの「ハイチと国旗がまったく同じ」事件
リヒテンシュタインでは1921年に新しい憲法が制定された際、それまでの黄色と赤の配色から、青と赤の横二色に国旗のデザインを変更しました。しかしこの新デザイン、誰も気づかないまま15年もの間そのまま使われ続けます。
事件が発覚したのは1936年のベルリン・オリンピック。各国の選手団が自国の国旗を掲げて入場行進する中、リヒテンシュタイン代表団は思いがけない事実に気づきます。それは、遠く離れたカリブ海の国ハイチの民間旗(市民旗)と、自国の国旗がまったく見分けのつかないデザインだったということでした。どちらも青の上に赤という、飾り気のないシンプルな横二色旗だったのです。世界中の国旗が一堂に会する晴れの舞台で、2つの国が同じ旗を掲げているという状況は、さすがに看過できるものではありませんでした。
差別化のために追加されたのが「金の王冠」
オリンピックでの一件を受けて、リヒテンシュタイン政府は翌1937年6月24日、国旗の旗竿側上部(カントン)に金色の王冠を追加することを正式に決定します。これにより、ハイチの国旗とは一目で見分けがつく、独自のデザインが完成しました。
この王冠は単なる「見分けるための飾り」ではなく、リヒテンシュタイン公国が今も続く立憲君主制の国であり、君主(大公)と国民が一体となっている国であることを象徴するモチーフでもあります。なお王冠のデザインはその後何度か調整されており、現在のバランスの取れた形になったのは1982年のことです。
色の意味|空の青と、家々の暖炉の赤
国旗上部の青色はアルプスに広がる澄んだ空を、下部の赤色は国内の家々でともされる暖炉やかまどの火(夕べの明かり)を表しているとされています。この配色自体は決して新しいものではなく、1764年にヨーゼフ・ヴェンツェル1世が自身の従者の制服(リヴァリー)用に採用した色にルーツがあるといわれ、それ以前の国章で使われていた金と赤の組み合わせに代わるものとして定着していきました。青と赤という組み合わせは200年以上前からこの公国と共にあったことになります。
世界にたった2ヶ国だけ|「二重内陸国」という珍しい地理的立場
リヒテンシュタインがオリンピックで見過ごされやすい存在だった背景には、その国の小ささと地理的な特殊さも関係しているかもしれません。リヒテンシュタインは、スイスとオーストリアという、どちらも海に面していない内陸国にのみ囲まれた「二重内陸国(Doubly Landlocked Country)」です。これは、自国も隣国もすべて内陸国であるという、世界でも非常に珍しい立場で、地球上でこの条件に当てはまるのは、中央アジアのウズベキスタンとリヒテンシュタインの、わずか2ヶ国だけとされています。
面積も東京都渋谷区の8倍ほどしかなく、人口はわずか4万人ほど。この小ささゆえに、1936年当時は国際舞台での存在感も薄く、ハイチとの国旗の重複に15年間も誰も気づかなかったのかもしれません。
まとめ
リヒテンシュタインの国旗は、1936年のベルリン・オリンピックでハイチの国旗とまったく同じであることが発覚するという、思いがけないハプニングから、今の金の王冠を戴くデザインへと生まれ変わりました。世界に2ヶ国しかない「二重内陸国」という地理的な珍しさも相まって、小さいながらも記憶に残るエピソードを持つ国旗だといえるでしょう。
ほかの国の国旗についても、クイズ形式で楽しく学べるノーマルモードでぜひ試してみてください。