白・青・赤の三色が水平に並ぶロシアの国旗。実はこのデザイン、誕生のきっかけはオランダの船だったといわれています。
しかもこの国旗には、74年間も姿を消していた空白の時代があります。今回はロシア国旗の誕生から復活までの歴史を掘り下げていきます。
ロシアってどんな国?国旗の基本データ
| 正式名称 | ロシア連邦 |
| 人口 | 約1億4,400万人 |
| 首都 | モスクワ |
| 現行デザイン復活 | 1991年8月22日 |
| 縦横比 | 2:3 |
| 通称 | 「三色旗(トリコロール)」 |
きっかけはオランダ製の帆船だった
ロシア国旗の起源は、若き日のピョートル大帝にさかのぼります。1693年8月6日、北方の港町アルハンゲリスクを視察していたピョートルは、ヨット「聖ピョートル号」に白・青・赤の三色旗を掲げさせました。中央には金色の双頭の鷲が描かれていたといいます。
この配色は、当時ロシアが造船技術を学んでいたオランダの旗(赤・白・青)を参考にしたとされています。白・青・赤という組み合わせ自体が、オランダとのつながりから生まれたというわけです。
その後1705年1月31日、ピョートル大帝が勅令を発し、白・青・赤の三色旗をロシアの商船旗として正式に定めました。
白・青・赤、それぞれに込められた意味 — 公式と非公式、2つの解釈
皇帝アレクサンドル3世の時代に示された公式の解釈では、白は高潔さ、青は誠実さ、赤は勇気と寛大さを象徴するとされていました。
一方で、民間にはもうひとつの解釈も伝わっています。白は「白ロシア(現在のベラルーシ)」、青は「小ロシア(現在のウクライナ)」、赤は「大ロシア」を表し、3色でロシア帝国を構成する地域全体を象徴しているというものです。
ソ連時代、74年間姿を消した三色旗
200年以上掲げられてきた三色旗だったが、1917年の十月革命を機に、その歴史は一度途切れることになります。
革命政権は帝政ロシアの象徴をことごとく廃止し、1922年にソビエト連邦が成立すると、鎌と槌を描いた赤旗が国旗として採用されました。三色旗が公の場から姿を消していた期間は、実に70年以上に及びました。
転機が訪れたのは1991年のことです。ソ連崩壊の引き金となった8月クーデターの直後、同年8月22日、ロシア共和国は白・青・赤の三色旗を国旗として復活させました。この日は現在も「国旗の日」として祝われています。
その後1993年12月11日、エリツィン大統領の命令により、旗の比率や色の彩度が正式に標準化され、現在の2:3の規格が定められました。さらに2000年には、プーチン大統領が国旗法に署名し、最終的な仕様が確定しています。
ロシアの色を受け継いだ「汎スラヴ色」
ロシアの白・青・赤は、実は自国だけにとどまらない広がりを見せています。
1848年に開かれた第一回汎スラヴ会議で、この配色をもとにした「汎スラヴ色」が、自由と連帯の象徴として定められました。
これ以降、セルビアやスロバキア、スロベニアなど、複数のスラヴ系諸国が、並び順を変えながらもこの3色を自国の国旗に取り入れています。
まとめ
オランダの旗をヒントに生まれ、ソ連時代には74年近く姿を消し、クーデターの混乱の中で復活を遂げたロシアの国旗。
白・青・赤という3色に、これほど波乱に満ちた歴史が刻まれていたとは、意外に思う人も多いのではないでしょうか。
国旗の形や色をどれだけ覚えられたか、ぜひノーマルモードのクイズで力試ししてみてください。